ミンガラバーとは、ミャンマーの言葉で「こんにちは」を意味します。
今回、本校硬式野球部責任教諭である伊東先生が、海外研修を通して感じたことをレポートしに、
後日、高野連や朝日新聞等に発表されます。以下に掲載しますので、ぜひご覧ください。
ミャンマーは津波による被害はなく、日本からの連絡を聞いて知ったそうです。
興味深い体験日記はコチラ →→→ 《ミャンマー日記》
ミャンマー野球研修報告
<期間:2004年12月22日(水)〜29日(水)>
近江高等学校硬式野球部 責任教師 : 伊東 洋
1.現在のミャンマー国内情勢 ・軍事政権ゆえに治安は良く,人々は穏和で親切である。日本より安全かもしれない。
・首都ヤンゴンは,ミャンマー族が大半で,インド系・中国系も多く在住している。
・上座部仏教の国なので,信仰心が厚く,喜捨の精神が漂(ただよ)っている
・物価は安い。しっかりとした食事が1回US$1弱。ホテルはUS$3からあるが
日本のビジネスホテルクラスは,朝食付きでUS$20〜30$程度。
・クレジットカードは使えない。ホテル・外国人が多く利用する施設はUS$払い。
・ホテル・観光地などは,英語がよく通じる。
・通信・郵便事情は芳しくなく,届かなかったり半年遅れで届くことがよくある
2.ミャンマー野球の歩み2000.03 ミャンマー野球連盟準備委員会の要請で,岩崎亨氏が監督就任。
ミャンマー人に指導開始。←ミャンマー野球のはじまり
2000.05 第1回日緬友好野球試合
(在留邦人チームVSミャンマーチーム)
2000.07 アジア野球連盟・日本高野連に支援要請。
←以後今日まで支援が続く
※ダイエー・近鉄・中日等プロ球団,日本生命・日立製作所・松下電器等
社会人野球チーム,慶応大学野球部など支援が広がる
2000.11 第2回日緬野球親善試合(VS来緬日本チーム)
2001.04 上海野球クリニックに特別招待枠で6名が参加
2002.05 野球場建設開始
2002.10 日本生命野球部現役5選手が野球指導のため来緬
2002.11 野球場こけら落とし
※以後,本格的に活動ができ,年一回の日緬親善試合を開催。
3.ミャンマー野球チームの現状(スタッフ)監 督:岩崎 亨(49)元国連職員・岩崎無双塾々長(代表)熱血監督。
精神野球の実践者で選手よりも動きは良い
コーチ:北崎修市(23)元高校球児。単身ボランティアで赴任
純粋で,真面目。野球の向学心が高い
コーチ兼マネージャー:アウン=ナイン=ウー(36)英語・日本語とも堪能。監督の国連時代からの右腕
現在は政府関係への事務折衝担当。選手への指導は熱い
ヘルスケアコーチ:岩崎ひとみ(48)監督夫人。現在,幼児開発センター開設に
向け奔走中。選手の栄養面・メンタル面のケア等を担当
通訳兼スタッフ:モー=ゾ=ウー(34)監督の片腕。アウン=ナイン=ウー氏の弟。
長野県で修行したミャンマー唯一の蕎麦打ち職人?
通訳兼スタッフ:チン=セイン(38)心優しきミャンマー人。審判などでチームを支える。
ミャンマー人スタッフの中で日本語が最も堪能
(チーム・選手の状況) ・選手総勢11人(投手兼外野手4名・捕手1名・内野手5名・外野手1名)
・年齢層は31歳〜17歳と幅広い
・ミャンマー唯一のチームなので,ナショナルチームといえる
・アマチュア(仕事・学業との兼用)は難しいらしく,岩崎監督が支援金をわたして活動している
・その財源は,岩崎無双塾に対する各方面からの支援と,岩崎氏の私財からと考えられる
・野球道具は,日本の各団体・チームからの寄贈品のみでまかなっており,慢性的な道具不足。
・また熱帯ゆえに消耗が激しく,よく手入れをしても道具の交換が,日本より早く必要といえる
・英語・小学生レベルの日本語がわかる選手が2名おり,ある程度の指導は
彼らが通訳してくれる
(選手の野球レベル等について) ・レベルは全体として,日本の中学3年〜高校1年程度。
高校都道府県大会では1〜3回戦レベルか?
・その年代の日本人選手と比べ,パワー・スピードとも劣る。肩の強さ・スイングスピードが欲しい
・体格はスマートな選手が多く,よけいな肉が付きにくい体質といえる
・長所をあげると,
1.身体の柔軟性はすばらしい
2.向上心が高い(野球にかける思いは日本の平均的な高校球児以上)
3.素直で,礼儀正しく,グランドマナーもよい
4.よく練習する(研修中の練習時間は7:30〜17:00)
・試合経験が少ないので,試合での状況判断・動きなどは,当然上手くない
(チームの問題点) ・貧しさゆえに,家族を養う立場なると,続ける事が困難で,辞めて行く者も多い
・選手の獲得は,想像以上に厳しい
・野球道具の慢性的な不足
・試合経験が積めない(ミャンマーには他にチームはなく,隣国タイにチームがあるが,
その渡航・滞在費が捻出できない)
4.ミャンマーチームへの支援について(物資支援) 慢性的な物資不足のため,何でも喜ばれるが,ただその都度不足している
野球道具を確認して,その時,最も支援して欲しい道具を聞き出し,
支援する形がベストだと思う。12月上旬現在,求められた道具は以下のものであった。
・スパイク(26.5cm中心)
・バッティング手袋(特に左手)
・グラブオイル
・グラブ紐
・インナーマッスル用チューブ
・キャッチャープロテクター
・アイシング用氷嚢
現地での体験上,注意しなければならない点は,個人で使うような道具はチーム全員分,
用意したほうがよい。余分を含め「20」個は用意するのがよいと思われる。また現地の状況をみて,
支援して欲しいと思った物資は以下の通りである。
・ネット・ゲージ類(ティーネットが1枚しかない)
・バッティングマシン(バッティング練習不足を補える)
・ボール(絶対的に不足,消耗も激しい。また数多く打つことや個別練習が難しい)
・新規格の金属バット(旧規格の古いものしかない)
・竹バット・トレーニングバット(素振り・バッティング用として)
・ゲーム用統一ヘルメット(日本生命・近鉄バッファローズの寄贈品しかない)
・メディシンボール・ラダー・バーベルなど各種トレーニング器機
(パワー・スピードの強化と練習パターンを増やすため)
・広い室内練習場(ブルペン1カ所分の小屋のようなものはあるが,
雨期は雨で練習できない日が多く,苦労している)
※また前記した通り,物資だけを航空便で送ることは,大きなリスクを
背負うので避けた方がよい。
(人的支援) 監督・コーチは,技術・体力・精神面すべて専門的に,情熱を持って指導されており,
一から指導する状態ではない。逆に監督・コーチの指導方針や技術指導と違うことを
教えてはいけないと思い,指導に入る前に事前の打ち合わせ,指導の確認は必要と感じた。
ただし,概ね正しい基本を指導されているので,変な気遣いはいらない。
特に精神面は,しっかり指導され,日本の高校球児もしくはそれ以上に,礼儀正しく,
グランドマナーはよく,また素直で向上心があるので,指導しがいがある。
このように彼等には立派な指導者がいるので,本当に求めているのは,試合相手である。
チームとしてミャンマーに行き,試合をしてくれる事が,何よりも大きな支援であると思う。
指導者のみが行くが場合,選手が少ないので,彼らと同じように,
「打って・走って・守る」ことをしながら指導する事となる。
ゲームノック・シートバッティングを行う時など,人数を補うために一選手になる必要である。
練習時間が長く,日中は40℃を超えるので,体力は必要である。選手達にいい刺激を
与えていただける方々に,ぜひとも渡緬していただきたい。
またミャンマー野球のためには,岩崎監督をサポート・指導していただけるような
プロ・アマのトップクラスの方々にも,ぜひとも渡緬していただきたい。
野球の原点がここにはあり,必ず得るものが大きく深いと確信している。草の根の
人的支援だけでなく,日本野球界を代表者する方々が,岩崎監督をサポート・
指導していただくことが,ミャンマー野球の大きな飛躍につながると強く感じております。
日本の野球界が,貧国ミャンマーで野球を育てている日本人監督を今以上に
支えていただきたい。
(資金援助) 前記したようにミャンマーでは,アマチュア野球の存在が,
現在の国民生活・経済状況では難しく,選手に義援金を渡して活動している状況である。
その他の経費も当然かかり,物資以上に活動資金が不足しているといえる。
日本の各団体・個人から支援も受けているが,監督も私財を投げ打って活動しており,
涙ぐましい状況である。また選手達も,一生懸命野球をやっていて,対外試合が年5試合では,
あまりにもかわいそうで,遠征試合ができればと強く感じている。少しでも多くの人から
資金援助いただけると幸いである。やらしい言い方になるが,この資金援助が何事にも
変え難く,彼らの夢を実現する近道になるだろう。以下はミャンマー野球チームの
資金援助先であります。
<支援先>
郵便振込口座 0027−9−93108 名義人 岩崎 亨(イワサキ トオル)5.ミャンマーチームの当面の目標 研修中,岩崎監督から伺った当面の目標をまとめると,以下の通りである。
1.ミャンマー野球連盟(協会)の早期成立(政府の公認が必要で,ある程度のメドは立ち,
現在最終段階である)
2.連盟成立後,アジア野球連盟の加盟(連盟成立さえすれば,加盟許可が下りる予定)
3.2005年11月の東南アジアスポーツ大会参加
(連盟成立・アジア野球連盟加盟が条件)
4.2005年夏期,日本での遠征・合宿・交流試合
※4について,もし実現しそうなら各方面の協力をお願いしたい。
多くのクリアしなければならない問題があるが,多くの人々の協力で,
なんとか監督・選手達の夢をかなえて欲しい。
6.研修を終えて 研修初日,緊張してグランドに入ると,「おはようございます!」と選手達があいさつしてきた。
その瞬間,ミャンマー人を教えるとか,国際貢献の一端だとかいう気持ちが,吹っ飛んだ。
自己紹介の後,すぐにノックを打たせてもらったが,気持ちは本校の野球部員達と一緒に汗を
流している感覚と同じであった。彼らは日本人監督に熱血指導されている「野球大好き人間」の
集まりである。しかし,彼らは,日本人選手とは違う悩みを抱えている。日本人選手は努力しだいで
野球人生が開けることができるし,また野球とは違う世界に進んでも,野球をして
続けてきたことが活かされることが多い。そして目前には,甲子園や全国大会などはっきりとした
目標があり,悩みを吹き飛ばし,頑張れる柱がある。
しかし彼らは基本的に貧しいので,将来の不安は大きい。長男ゆえに経済的に家族を支えなければ
ならない選手が「家族をとるか,野球をとるか」を真剣に悩んでいる。野球を続けて将来に
活かされるのか,今のところ公式試合もなく本当に続ける価値かあるのだろうかなど・・・
しかし彼らは日本人監督を尊敬し,信頼して,純粋に野球を愛し,野球に取り組んでいる。
今,日本に戻って彼らを思い出すと,貧しさの中で明るくひたむきに頑張る姿が眼に浮かび,
涙が出そうになる。
もう一つ,彼らは貧しくても,お布施や自分たちより貧しい人に寄付のようなことをする。
「喜捨」の実践である。「昔は日本人も,どの層の人でもこの精神が強かったのに,
いつの間にか豊かになって忘れたのか,なくなってきたのか・・・。ここに来るといつも心が洗われ,
忘れていた良心が蘇るのですよ。」とボランティアで福岡から来ていた幼稚園の理事長先生が
おっしゃられた言葉に,深い感銘を受けた。
短期間ではあったが,もう1つ所属するチームができた気でいます。私が死ぬまでに
ミャンマーチームが日本代表とGood Gameができるように微力ながら応援したいと思っています。
こんな私を受け入れていただいたミャンマー野球チームの岩崎監督に,
そしてスタッフ・選手達に心から御礼申し上げます。
最後になりましたが,この研修を実現・協力していただいた,
理事長はじめ近江高校の各先生方・硬式野球部の多賀監督・選手諸君,
脇村会長・田名部事務局長はじめ日本高野連事務局の皆様,
滋賀県高野連 北川会長・小森理事長,阪神航空 片桐勉様,
その他多くの方々に心から感謝申し上げます。
<ミャンマー野球に関するHP(ホームページ)>
1.《岩崎無双塾》